臼杵市【うすきし】
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■臼杵石仏【国宝】
■古園石仏(ふるぞのせきぶつ) |
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■臼杵城【城跡】
臼杵城は九州の雄・大友宗麟の居城として 長らく栄えた九州を代表する、城の一つに数えられる。 永禄5年に府内の府内城から移動しこの地を本拠と 構え築城、当時、丹生島と呼ばれる場所に築城したので 周りが海に囲まれた海城として難攻不落の城であった。 当時、大友家は九州の覇権をかけて薩摩・島津家と 戦が絶えなかったが、「国崩」と呼ばれる大砲を使い 撃破していたが、天正6年に日向耳川の合戦で 島津家に大敗北を喫してしまい、力が急速に衰えていく。 そして天正14年に臼杵城も落城してしまう。 宗麟死後、息子の義統は豊臣秀吉の九州平定に 従い豊後を安堵されたが、文禄の役での 失態から除封されてしまう。 臼杵城はその後、福原直高・太田一吉と城主を変え, 関ヶ原の合戦後に稲葉家が入封し31の櫓が立ち並ぶ 近世城郭に整備し以後稲葉家の 居城として明治時代を向かえた。 現在臼杵城跡は、石垣や堀・櫓などが残されています。 海城で有名な城跡ですが今は町中に有り、 本丸跡から臼杵湾を見渡せれるようになっています。 二の丸跡地には公園化されており稲荷神社も 建てられていますが、豊後1の城と言われていた通り、 雄大な城跡を残しています。大友宗麟が島津家に 負けなければもしかしたら九州一の都市は 臼杵市だったのかも… |
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■二王座【歴史の道】
二王座は、武家屋敷が立ち並び、 多くの寺が集まっている 地域で、昔日の名残を今もとどめています。 石畳と石垣に 調和のとれた建物が、 静かな魅力を醸し出しています。 1993年(平成5年)に国の都市景観100選に 選ばれています。二王座は、 徳川3代目将軍家光公の 乳母になる春日局が 一時居住したところでもあります。 |
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■うすき竹宵
「うすき竹宵」とは 大分県臼杵市にて開催される イベントで、 臼杵の情緒漂う町並みに 約2万本の 竹ぼんぼりと壮大な竹の オブジェが町を彩ります。 |
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■臼杵祇園様
『臼杵祇園まつり』が臼杵市の八坂神社にて |
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